だいじょうぶ。


何度離れても
その度、出逢って。


もしも、再び別々の世界で生きることが初めから決まっていたとしても
たとえ、二度と出逢えないことがわかっていたとしても


きっとその瞬間から恋をする。





19.わかっていたこと 後





「まずはぜーんぶ流しといでよ、ユヅキサン?話はそれからでもできるでしょ。」

ナルトたちを帰し、半ば無理矢理連れ帰ったを、その姿では話も出来ないとまずは有無を言わさず風呂場へと押し込んだ。



だってオレがずっとずっと逢いたかったのは、変に着飾ったオレの知らないユヅキじゃなくてだから。



着替えをしに入った部屋は、何一つ以前と変わることなく自分の部屋のままだった。
ほとんどほこりがないことから、定期的に掃除がされていたことが窺える。


自分の部屋。
大きな木の葉の里の中でカカシさんの家にある、ほんのわずかな自分の居場所。


なにもかもが不確かなこの世界で、目に見える空間が今の私のすべてだった。

泣いてしまいそう。
泣いてしまいたい。

認めて、この心をまっすぐにさらけ出したら。


揺らぐ意思と数ヶ月前にした、この場所での決意。


私はちゃんと、この世界にいる。
カカシさんに存在を受け入れられている。


だからこそ、これからのことを素直に頷くわけにはいかなかった。

そうきっと

全てが元に戻った後の自分のため。



それからわずかな時間で心を落ち着かせリビングで待つカカシの元へと、部屋の扉をゆっくりと開ける。
気づけば、ムサシの姿はそこにはなかった。

「あの、ムサシくんは・・・?」

「今日のところは帰したよ。・・・でも、がいて欲しいっていうならもう1度呼ぶけど?」

「いえ。」


これから始まる話し合いの場には、私とカカシさんの2人がいればそれでいい。

は首を静かに横に振った。


「座ったら?」

突っ立ったままのにカカシはそう声をかけ、ようやく久しぶりにきちんと2人リビングのソファーで向かい合った。
夏の終わりにかけてから、少しずつぎくしゃくしていった関係。


そんなものは望んでいたものではないのに、

どこから間違ったのか、すれ違ったままの心と心がいつのまにかこんなところまで来てしまっていた。


「あのさ、」

声を出してみたものの
強引に連れ帰ってはみたものの、

なにから話せばいいんだろうか。


さっきから驚くほど自分が緊張しているのが、手に取るように分かった。
じんわりと手にかく汗と上がる心拍数に、こんなのどれだけぶりだろうかと理性の片隅で思う。


らしくない、のはらしくないよね。


「とりあえず・・・その、ごめん。たくさん迷惑もかけたし、傷つけたっていうか・・・。」

「・・・。」

別にカカシさんに謝って欲しいわけじゃない。
出来ればそっとしておいて欲しかった・・・・・なんて、そんなのは違うよね。

本当は、私


「カカシさんのことを迷惑だなんて、そんなの1度も思ったことありません。」

「じゃあ・・・許してくれるの?」

「許す許さないの話じゃない・・・と、思います・・けど。」


窺うように顔を上げると、少しばかりホッとした表情を浮かべるカカシ。

「無理矢理連れて帰ったのも怒ってない?・・・かーなりいまさらだけど。」

「・・・怒ってなんて、いないです。」


この里に戻りたいと願っていたのは事実。

永遠に、ここで暮して生きたいと望むは真実。



ならよかった、と素顔をさらすカカシは柔らかく笑った。

「オレさ、相手だとどうしてだか自分が自分じゃないみたいになっちゃうんだよね。」

「え?」

「はじめっからそうだった。イライラすんのも、嬉しいも悲しいも楽しいも・・・こんなに苦しいのも。」



「らしくないってずっと思ってたんだけど、離れてみてそうじゃないのかなーとも考えてさ。

 今まで蓋をして、知らないフリしてたってだけで。と出逢ってからのオレはどんどんホントのオレになってったんだと思う。」




「気づかせてくれたのはだよ、ありがとう。」



やめて。

ありがとうだなんて。


私は逃げたんです。
怖くなって、

カカシさんと一緒にいることから逃げ出した。



どうしたい、とどうするべき、の折り合いがつかなくなって。

ずっと心と身体がチグハグだった。


答えがみつからないの。
どっちを選べばいいのかが、わからないの。

はっきりさせたくなくて
前にも後ろにもいけなくなって、飛び出した。


だから、言わないで。
カカシさん、お願い。

その続きを口にしないで。



ずっと下をむいたまま、その眉間にたくさんの苦しみを寄せる
カカシは向かいに腰掛けていたソファーから立ち上がり、の前にひざをついてその顔をのぞきこんだ。



。」



正面から呼ばれた名に、はビクッ、と肩をゆらした。

愛おしさがこみ上げるその声に、涙も気持ちもあふれ出そうだった。




恐る恐る重ねられた手に

は、顔をあげわずかに上にあるカカシの瞳をゆっくりと見つめた。






「スキだ。もうずいぶんと前から・・・ずっと、がスキなんだ。」





「ぁ・・・。」

数回瞬きをした後、すぐにはまたその視線を下へと向けてしまった。


「だめ、です。」

?」

「・・・ダメ。」

「オレのことなんかキライ?」


嫌いだったら、嫌いになれたらどんなによかっただろう。


「好きとか、嫌いとかじゃ・・・なくて。そんなのダメでしょう?」

「どうして?」



ついにその瞳からはポタポタと、いくつもの涙が頬を伝う前に下へと落ちていった。

「だって、・・・だって私はこの世界の人間じゃないんですよ?突然、なんの前ぶれもなくこの世界にやってきたんです。
 だからきっと、帰る時だってなんの前ぶれもなく突然消えるんです。」

「そんなの関係ないじゃない。」

ダメだと繰り返すに、カカシは否定の言葉を繰り返す。

何度も
何度も。


「ありますよ!そんなの・・・そんなの、」



怖い。



絞りだすように、小さな声で怖い、と一言彼女はそう言った。



ねぇ、お願い・・・お願いだよ
住んでた世界が違うとか、だからダメとか、そんなんじゃなくて。


そうじゃなくて・・・のありのままの気持ちを聞かせてよ。




「オレは、がオレのことスキかキライかが知りたいんだ。」



こたえて欲しい。
どうか素直に、その気持ちのありのままを。


だって、それ以外はどうにでもなるでしょーよ。
どうするかなんて、そんなの2人で考えよう?


涙をながすの頬に手をよせて、カカシは最後の望みを賭けた。




「どうして・・・どうしてっ。こんなに、好きなのに・・・・同じ人間なのに、なんで生まれた世界が違うんでしょう。」



ただ好きなだけなのに。



「私、・・・カカシさんの事が好きだって気がついてから。どんどん怖くなって、元の世界に戻りたくなくなっていくから
 離れようって・・・思って。会わなかったら・・・忘れられるって。


 なのに、この家を出てから・・・カカシさんの事を想わない日はありませんでした。」


「うん、オレもずっとのこと想ってた。」

絶えずあふれ出る涙をその指で拭い、カカシはの言葉を待った。


「これ以上手遅れになる前にって。・・・なにも始まらない今のうちにって、出て行ったのに。」


もう、遅いよ
そんなのもうとっくに手遅れでしょ。

だってオレのへの気持ちはずいぶん前から始まってる。




「もう手遅れだよ。だってオレ、もうどうしようもないくらいがスキだ。」

「ふ・・・カ、カシ・・さ」


ついに声にならなくなったを抱き寄せて、


「ねぇ、。大切なのは来るかもしれないいつかじゃなくて、オレたちがこうして生きてる今でしょ?」

「・・・ふ・・ぅっ」

「たとえそれが明日でも、こうして話してる時だとしても。それでもオレはを想う気持ちを止められない。」

「ぅ・・・っく、はい」


「だったらオレは」


抱きしめる腕をほどき、カカシはもう1度の瞳のその奥にある心をじっと、見つめた。



「1回でも多くにスキだって言いたいし、1秒でも長くの心に触れていたいって思うよ。」



「はい。」

今度こそしっかりとした答えに、カカシは飛びつきたい気持ちを出来る限り押さえ込んで

そっとその身体を2本の腕で閉じ込めた。


「スキだよ、。」

「大スキだ。」


何度も何度も言葉にした。
今まで他人に対してそう想ってきたことが極端に少なかった分、何回だって声に出して言いたかった。


「あ、でも・・・あんまり言うとウザイ?」

心配になって、その顔を窺うと赤くなったまだ潤む目でそれでもしっかりと見つめ返して返事をくれた。

「そんなことないですよ。」

「ホント?」


「何回だって、想うたびに言ってください。」

あきれるでも、流すでもなくふんわりとしたオレがずっと見たかった笑顔と一緒に。


「あぁ、のその笑顔が・・・すっごくスキ。」

オレがそう言うと、照れながらもは小さく声をだして笑っていた。


「ねぇ・・・・キス、してもいい?」

「?!・・・あー・・・えっと」

「あ、いや。別にイヤならいーよ。」

以前のこともあって、想いは通じても勝手に己の都合でするわけにもいかず。
ただ、自業自得とはいえ少しの寂しさを感じているのが本心で。


「嫌じゃないです!」

だから、ちょっと大きな声で否定されたのはすっごく嬉しかった。


?その、ムリしなくていーんだよ?前のこともあるし・・・徐々に慣れていってくれれば、あの。」

「わ、私だって・・・したい・・・です。」

でも、面と向かってしていいかどうかなんて訊かれたら恥ずかしいじゃないですか。
と真っ赤になって言うの姿はなんだか無邪気に笑いあった頃に戻ったような、

でも今はけっこうそれ以上のような。


「じゃ、遠慮なく」


の気が変わらないうちに、その唇に自分のを重ねた。

過去の2回よりも比べ物にならないくらい甘くって、心がとろけるような心地がした。


「ん・・・」

放したときに漏れた吐息に、身体の芯が熱くなるのが分かったがこっから先はもっと後になってから。

今は心を通わせただけで
この手で触れられるだけで、満足だ。

カカシは両手で頬を包み込み、コツン、と互いの額をくっつけた。


「くくくっ、ってば相変わらず真っ赤になるのね。」

「だっ!?だって、・・・それは仕方がないじゃないですか。」

「まぁそー照れなさんな。これからはちゅーよりすごいコトいっぱいするんだしv」

カカシのその発言に、はこの時それこそ見る人が見ればその頭のてっぺんから湯気が出ていただろう。


「なっなっ・・・。」

それくらい、今のには刺激が強すぎる発言だった。


慌てるをからからとカカシは楽しそうに笑う。本当に久しぶりのやりとりを、しっかりとかみしめて。


「も〜〜〜結局私のことからかって。楽しむのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!」

「ヤーダね。だっての反応がイチイチかわいーんだもん。」

ポンポンと、頭をなでながらのこの一連の会話も改めて嬉しさがこみ上げる。


う〜〜〜完全に、カカシさん私のこと子どもあつかい!
なんか、やっぱちょっとくやしい。


「あんまりこういうのに慣れてないんです!」

「それって春先にも言ってたよねぇ?」

「・・・そ、そうでしたっけ。」

「それにまーだオレのことさん付けで呼ぶしさぁ。いまだだに敬語使うし?もう木の葉もすっかり冬よ、サン。」

てゆーかオレらもう恋人どおしだしぃ〜と、わざとからかうように仕掛けられる攻撃に、
カカシにやられてばかりではいられないと、

はスッ、と赤く染まった顔を奥に隠し声色をいつもよりもぐっと色っぽくしたものに変えて。


「あんまりアタシのことからかってばっかりだと、はたけさんに戻しますよ?カ・カ・シ・さんv」


「なっ!ちょ、なんか前と性格ちがくない?!」

「ムツキさんの元で修行したんでーす。」

今度はカカシがしてやられたことに、ニコニコとは勝ち誇った笑みを浮かべている。


く、くそっ。なんかオレ、押されてない?
・・・・なんかムカツク。

「ふーん。じゃあさ?」

ドサッ、という音とともにの視界は大きく動いた。
腕は両方とも捕まり、その視線の先にはカカシの顔が目一杯に映る。



「こーいうのも平気なワケ?」



押し倒されて男をむき出しにした雰囲気に、は口をパクパクとさせながらも突然の事に驚いて


「なーんて。ジョーダ、ン・・・?!」

「カ、カカシさんのバカ〜〜〜〜!!!」

「わー!!ゴメン!!!うそ、うそだから泣かないでちょーだいよ。」

「平気な訳ないじゃないですか!」


再び泣き出すにカカシはおろおろとする。
抱き起こして必死に謝りながらその背中をさする姿は、困っているようにも見えたが少しばかり嬉しそうだ。


「・・・・なんで嬉しそうなんですか。」

顔を覆う手をどけてそう尋ねると、やはりやや隠し切れていない笑顔でカカシは

「だーって、オレ以外とはケンカとかもほとんどしたことないし。」

「そうなんですか?」

普段あまり怒らないでさえも、気に食わないことや心に余裕がない時にイラだって
つい仲のよい友達や近しい人とケンカをしてしまった、という経験は何度もある。


「別に興味なかったっていうか。感情的にぶつかってまでなにかを貫き通したいって思うことなんて今までぜーんぜん。」


面倒な関係なら、断ち切ってしまえばよいだけの事。
ケンカをしてまで伝えたいことも、わかりあいたいと思うこともなく生きてきた。

それを汲み取った相手側も、一部の女以外はほとんど感情的になることはない。


何回か場数踏んでからは言われる前にさっさと切ってたしねぇ。


「だから、一方的でもちょっとしたケンカが嬉しかったりするんだなぁーコレが。」

「じゃあ、これからは平和的にたくさんしましょう。」

「あははは、お手柔らかにおねがいしまーす。」


なんだか妙なかんじでお互い声をあげて笑った。

それこそこの時間が永遠に続けばいいのに、と願いながら。


でもさ、
あんましケンカにならないと思うよ?

だってのことならなんだって許せちゃう気がするし。


惚れた弱みってこーいうヤツか、などと妙に納得しながらもチラリと見た時計が示す時間に
そろそろ、と名残惜しく感じつつも身体を離した。

シャワーしてくるから、ちょっとの間だけ待っててね。とに言い残しカカシは風呂場へと消えていった。
ものの数分であがってきたカカシと、互いに寝る支度を整えて。





あとはそれぞれの部屋の布団へと、潜りこむだけとなった。


「あー・・・?」


寝る前の挨拶など適当に済ませばよいものであろうが
久々の感覚に妙にかしこまって向かい合ってしまった手前、どちらかともなく微妙な空気があたりを漂う。


「はい・・・あの、おやすみなさい。」

「うん、おやすみ・・・なんだけど・・・さ。」



「今日、そっちの部屋で・・・その、一緒に寝てもいーかな。」



なにも隠すものがない状態の己の顔は、今ものすごく間抜けなことになっているのであろう。
耳まで赤くなっているのが分かる分、尚更の顔が見れない。

ガシガシ、とまだ少し生乾きな頭をかきながらの答えを待っていると。


この時を離れがたく思っているのは自分だけではなかったらしく同じように赤くなりながらも、その首を僅かに縦に振った。


「・・・いいの?」

「私も、その・・・同じですから。」

この先は言葉にならないのか、は下を向いたままそっとカカシの手をとった。



「うん、ありがと。」



今度はカカシのほうからの手を握り返し、部屋の扉を開けて中に入った。

同じベッドに入りカカシが持ち前の余裕を取り戻しつつあるのに対し、
は自分の行動の大胆さに、徐々に以前のような猛烈な照れと後悔の念に襲われていた。


あう〜〜〜///
背中にカカシさんの気配を感じる!!!!


はカカシに背を向けて、布団に丸くなっている。

そんなの心理状態が手に取るように分かるのか、カカシはクスクスと笑いながらも
微妙な空間を残し、間に出来た隙間をその身を寄せることで埋めながら耳元へ囁いた。


「なーんにもしないからさ。もうちょっとだけこっちおいで?」


予期しなかった突然の攻撃に、全身つめの先まで一瞬にしてぞくりと、悪寒とは正反対のなにかが走った。


夜目の利くカカシは、僅かな瞬間もその反応を見逃さない。
内心ニヤリ、としながらも一向に距離を詰めようとしないにカカシの方が焦れて手を伸ばす。


「あーあ、冷たくなってるじゃない。」


後ろからほとんどその身体には触れずに、胸の前で固く握りこぶしをしている手を包み込む。


触れられる部分がじんわりとあたたかくなってゆく。

あとは耳元にかかる吐息に、全神経が集中している。



なんだか、心臓が耳にあるみたい。



「ね、。こっち向いて?」

落ち着いているようでどこか熱っぽくて、切ない響きを含ませた声には心引かれてその身を反転させた。

ゆっくりと上げた視線が交わると、カカシは安心したように優しく笑ってちゅっ、と音を立てて口付けた。


「正直さ、眠るのが怖いんだ。」

「怖い・・・ですか?」

ゆるく抱きしめられながら、カカシの片方の腕は頭の下にもう片方の腕は背中に回った状態で、穏やかに言葉を交わした。


「オレが眠りこけてる間にがいなくなっちゃわないか、とかさ。」

「・・・すみません。」

「や!ちがうって。誤解だよ、別にを責めてるわけじゃあない。ただ、」



「オレから奪ったり貰ったりしてばっかだなーって。それこそ眠ってる間も強引に。」


オレのために生まれた場所も親もなにもかも捨てる覚悟をさせて。
人を想う喜びも、苦しみも

それを乗り越えた幸せも、与えてもらった。



「大丈夫ですよ。」



痛みを伴った表情を浮かべるカカシに、は柔らかく微笑んでそう述べた。

もし、違う世界に生きることになったとしても大丈夫。


「覚悟を決めた女は強いんです。」

「覚悟・・・って」

「まー色々ですけど、いつ生き別れてもいいように今を生きる覚悟とか。」

そう告げる彼女に、先ほどまでの弱弱しい姿がすでに霞むようでオレはただ驚いて瞬きをして黙って聞くしかできなくて。




「あとは、もし元の世界に戻っても。カカシさんがきっとすぐに迎えにきてくれるって、そう信じ続ける覚悟です。」



そのはっきりとした声が、意思の強さが、今はこんなにも愛おしい。

「絶対のこと護る、なんていったくせに傷つけてばっかのオレでも?」

「そんなカカシさんでも、です。」


「わかった。じゃあオレは忍の全てをかけて、を元の世界から引き離してみせるよ。」


はオレと木の葉で生きていく。
それは彼女がうんと、頷いてくれた時に決まったこと。


「ふふふ、それは頼もしいですね。」

「一歩間違えばストーカーだよねぇ。」

クスクスと、なにかいたずらでもした子どものように笑った。



「カカシさん?」

「なぁに。」

「でも幸せって誰かに与えられるものでも、してもらうものでもないと思いますよ。」

「そうなの?」

幸せの意味すら幼いころに置き去りにしてきた自分に、は優しく教えてくれる。





「幸せは誰かと一緒になるものです。だから、私はカカシさんに奪われても、与えてもないですよ。


 だって、私はカカシさんと幸せを感じて一緒に得をしてるんですから。」




減るどころか、むしろ増えてます。といった彼女に、不覚にも眼の奥のほうがじんわりとした。


あぁ、もう。
絶対一生そばにいてやる。


いつだって彼女の前では、オレは忍ではなくただの1人の男。

どんなに名を挙げても
地位も名誉も

男としての経験だって、むしろ無意味。



だって、とのことはなにもかもすべてが初めてで

とまどいと、その後に少し遅れてくる幸福感。


なんでかな。
彼女と迎える初めてが、いつのまにかこんなにも嬉しい。



死なないという約束は出来なくとも

このときオレはの顔を見て死ぬ意地くらいは、と覚悟をした。



言葉では告げず、触れるだけのキスで伝えて。




堪えきれずに今度こそ思いっきり抱きしめて眠りについた。

離れている間中ずっと、
今度腕に抱きしめたら、理性の言葉の意味すら忘れてしまうほどに本能に身を任せてしまうのではないかと思っていたのに。



今はただ触れられるだけで、

こんなにも心が満たされていた。



身体以上に心が触れ合う感覚に、このときやっとカカシにも久々の穏やかな眠気が訪れる。






二人照れながら、それでも確かなお互いの存在に安堵の表情を浮かべ朝を迎えた。

色々な感情をかみしめるのもそこそこに
すばやく支度を整え同じく任務に当たったムサシを呼び出し、本人と共にカカシは依頼主の元へと脚を運んだ。


「やっぱりカカシの家の朝にはお前がいないとな。」

一緒に玄関を出るムサシくんに、は笑って改めてただいま、と言った。

、今は言ってきますだ。」

珍しく見送ることなく3人そろって出かけることに、ムサシは平静を装いながらも僅かに隠しきれない様子ではしゃいでいるようだった。


「なーによ、ムサシってば嬉しそうにしちゃってさー。」

「嬉しいんだから当然だろう?」

からかうつもりが、それをさらに上回る正直な意見にカカシは口布の下でその口を開けていた。


「いくぞ。三代目が待ってる。」

いつまでもそうしていたい気持ちを押さえ、ムサシは出発の合図をかけた。





「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


突然木の葉の里を去ったことを、この老人は欠片も責めないばかりか優しく気づかう様子に
間違いなくたくさんの心配をかけたに違いないと思い三代目を前には、しっかりと腰を曲げその頭を垂れた。


「なに、気にやむことはない。今後は木の葉にいてくれるんじゃろう?」

その言葉に顔を上げると、むかえられた柔らかな微笑みに自然とつられて強ばっていたの表情もほどけていく。


2人の様子から、その全てを悟った火影は余計な詮索も追及もやめてに問いかけた。

この時、四代目の意図を理解しその計らいに心の隅で大いに感謝しつつ。


カカシには生きることにもっと執着して欲しかった。



日々を精一杯に生きる楽しさを、喜びを

そしてそこから生まれる苦しみを。乗り越えた人としての幸せを。



それをという女性は異世界から木の葉の里へ、ここで出逢ったカカシという1人の男のもとへと運んできた。



、帰る方法は引き続き全力で調べるつもりじゃ。」

「え?・・どうして、」

「帰り方が分かれば確実に帰らないという選択もできよう?」

それが、もういつを怖がることをしなくてすむということに気づき
いたずらっぽくウインクする三代目を見て、は思わずとなりにいるカカシを見上げた。


「お主はもう立派なわしら木の葉の里の家族じゃからな。カカシをたのんだぞ。」

「あっ、は・・・はい。」
「三代目ー。」

普通なら逆な言葉にカカシは情けない声を出した。
それをクスクスと笑う


「はっはっは、カカシはがおらぬと腑抜け同然らしいからのォ。」

「・・・そんなことはないですよ。」
あながち間違いではないだけにやや気まずい。


「とにかくじゃ、を改めて木の葉の里の住人として歓迎しよう。」

「ありがとうございます。」



一通りの報告を終え三代目の部屋から下がった所を、待ち構えていた忍たちに迎えられた。

さん!」

「イルカさん!それにゲンマさんも!」

イの一番に駆け寄るイルカに、わずかに遅れて追いつくゲンマ。


「・・・紅にアスマもいるのね。」

少し後ろでは、腕組みをする紅に相変わらずタバコをふかしながらニヤニヤとするアスマが立っていた。

「なんだよ、嬉しそうな顔すんじゃねぇよ。カカシ。」

その言葉を聞いて尚更げんなりとしてみせるカカシに、紅が

「当たり前でしょ!さんのこと心配してたのはアンタだけじゃないんだからね。」



が里に戻ってきたという報告が入ってすぐに、このメンバーにも情報が回った。

皆、と深く関わってきた者たちだ。
それまでのをとりまく事情を知らなかった者たちにも、火影直々にその事実が伝えられた。

そうして一晩たった今、本人と面会すべく呼び出されたというわけでもないのにそれぞれ自然と集まったというわけだ。



「無事で、なによりです。」

ぐすぐすと、イルカはの姿を見た安心感から泣き出してしまっていた。


「本当に、皆さんにはたくさんのご迷惑をおかけしました。どれだけ謝っていいか、」

「まーまーそうかしこまんなって。」

頭をさげたの肩にそっとゲンマの手がのる。
恐る恐る顔をあげ瞳を動かすと、涙ぐんだイルカ以外ニカっと笑った面々とそれぞれに目が合った。


「イルカも嬉しいんだよ。ね?」

「うっ・・・はい。」

紅がその背中をたたき、落ち着かせる一方でアスマがカカシに


「まぁなんにしてもよかったじゃねーか。」

「そーね。」


「知ってるか?、お前がいなかった間のコイツのいじけっぷりときたらなかったぜ。」

「・・・うるさいよ。」

いつもならここでわずかな殺気とともにひと睨みでもしてアスマを黙らせるところだが、生憎今は隣にがいる。


以外のメンバーなら殺気放とうが、クナイつきつけよーがしったこっちゃないんだけどね。


などと、およそメンバーが聞けば驚きを通り越して呆れるようなことをこの時のカカシは考えていた。

出来る限り物騒な場面からは、たとえふざけていたって遠ざけたい。
したがって、自然と悪態をついてアカデミーの生徒でもしないようなむくれっつらをする他なかった。

「くっくっく、カカシをこんな姿に出来んのも世界中探してもぐらいだろーよ。」

「そ、そうですか?」

しかし当の本人はそのことにまったく関心がない、というか以前のカカシを知らない分そのことに関しては無頓着だった。
忍のいろはも、この娘の前では一切が通用しない。

ま、それがいいんだがな。


さん、これから女同士仲よくしましょうね。」

「あっ、はい!」


初対面が初対面だったために、紅はわずかに気合が入る。

慣れない大人の女性の知り合いというものに、
にもわずかな緊張感と共に、それを上回るほどの喜びの気持ちが見て取れた。


この時、木の葉最強の女タッグが組まれることとなる。


木の葉を代表する名のある忍の何人もがこの2人には頭があがらないばかりか、
にいたっては長である火影まで動かすということを、ときに簡単にやってのけてしまうほどである。



紅との女の友情が芽生えた傍らで、今まで比較的大人しかったゲンマが口を開いた。

「なぁ、。」

こっそりと、すこし囁きかけるように己の左手を口元に添えて言う。




「お前、今幸せか?」



は一度カカシの方を向き、再び視線を戻しまっすぐゲンマの瞳の奥を見た。

そして、今までで一番の笑顔で



「はい、幸せです!」



あぁ、これだとゲンマは思った。

自分が望んでいたのも、
他人に求めていたのも

全てはこの包み込むような安心感。


それが他の男のものであることが少し癪だが、その存在がの笑顔の源ならばしかたがないとも思う。
意外にも、ストンと落ちる様な妙な納得感が芽生えているのも確かだ。



それぞれに話していたほかの連中も、いつの間にか言葉をとめの笑顔に自然と顔がほころぶ。


が笑うだけで、こんなにも心に花がさく。


「ちょーっとゲンマ。はオレのもんなの。もう金輪際ちょっかい出すのヤメテよね、イルカ先生も。」


「俺はこいつの兄貴分なんっスよ、カカシさん。」
さんは物じゃありませんし。」
「わーヤダ、独占欲丸出しじゃない。さん、やめるなら今のうちよ。」
「ほんとといるとおもしれーな、カカシ。」


「・・・あのねぇ、オレで遊ぶんじゃないよ・・・」

次々と出てくるからかいの言葉に、さすがに殺気立つカカシにヤバイ、と皆が思った瞬間にがとなりで。



「いいじゃないですか、カカシさん。みなさんとは家族なんですから。」


「「「「は?」」」」

突飛な発言に殺気立っていたカカシでさえも、その毒気を抜かれてポカン、とを見ていた。


「火影様がおっしゃってました。里に暮らす者はみーんな家族だって。」

「そ、そりゃーそうだけど。」

「ん〜〜アスマさんは親戚のお兄さんでゲンマさんはお兄ちゃん、紅さんはお姉さんでイルカさんは幼馴染の親友ってかんじですかね?」

ナルトくんたちは弟とか妹かなぁ。と嬉しそうにいうに、誰もが言葉を発せずにいた。

「私、全部あっちの世界に置いてきましたから。だから、新しく家族みたいな繋がりが欲しいなーなんて思ったんです・・・けど。ダメでした?」


本人としては、まったく悪気はない。
だから余計にカカシを落ち込ませ、アスマを楽しませ、紅を驚かせ、イルカやゲンマの同情をかっていた。


のその言葉に、皆それぞれにの頭をなで肩に手をおきため息をつく。
アスマだけがカカシの隣で豪快に笑っていると、そんな様子に頭にたくさんのハテナを浮かべながらも


「ムサシくんはお父さんねv」

と、これまた一際嬉しそうに足元に控えていたムサシを見て言う。


のんきなに全員がわかってねぇな、という視線を送り
一方で困ったもんだね、と笑うカカシ。


肝心のカカシの名前が抜けていた。
そんな寄せ集めのメンバーでにわか家族ごっこをせずとも、立派に血を分けあっていける男を。




4人と別れた後、お気に入りの川沿いを3人でゆっくりと歩く。


呼吸ひとつ、その瞬間までもが愛おしくて。

その一歩一歩を踏みしめるように。

「ねぇ、。」

「はい。」


呼べば返る声。


「手、つないでもいーい?」

「え?ぁ・・・あ〜〜はい。」

照れながらも、精一杯差し出された女の子らしいキレイな手にそっと自分の指を絡めた。


夕陽に照らされて出来た影は、しっかりと繋がっている。

そしてのとなりには、ずっと一緒に生きてきたムサシ。


やっと出来た繋がり。
やっと繋げた関係。

吐く息は白く、横切る風も冬のそれらしく冷たい。


沈む太陽が、忍のための闇を呼びにゆく。

オレのニガテな夜を。


だけど、繋ぐ手はあたたかい。
オレンジ色に染まるの微笑む顔もあたたかい。


わかってた。

ずっと、ずっと。

それが幸せだってことは。


と出逢ったその時から。



世界がこんなにキレイに見えるのも。

明日を誰かじゃなくて、自分のために生きたいと願うのも。




ぜーんぶ、そう。



「ねぇ、さっき言ってた新しい家族ってやつ。」

カカシがゆっくりと歩く足を止めるのに従って、もその場に立ち止まりムサシが遅れて数歩先で止まる。


「確かに、昨日に全部捨てて欲しいって言ったのはオレだけど。」





「新しくこの里で、オレと一緒に家族をつくっていこーねって意味もこもってるんだよ?」





「え?・・・・ぁ、・・・・・///」


その意味を知り、先ほど皆と交わした会話での自分の失態にその考えが及び
照れやら、恥ずかしいやら嬉しいやらでどんどんその顔を赤く染めていく



突然飛ばされた世界。
誰も何も知らなかった、木の葉の里。

だけど、私はこの世界で生きてゆきたい。


生まれた場所も、仕事も友達も家族も親も捨てて

新しく出逢った人たちと、季節ごとに色んな表情を見せてくれるこの場所で。



他人なのにこんなにもあたたかく繋がった、カカシさんと共に。



「カカシさんと・・・いつか本当の家族になれたら、ステキだと思います。」



まだ赤みが残る頬を見上げて微笑むと、カカシはその答えに満足して瞳を細めて笑い返した。
その姿を見たムサシもまた、満足そうに鼻を鳴らす。



だって、2人恋におちたから。




幸せに溢れた2人と1匹が、夕暮れに染まる木の葉の里へとその歩みを進めていった。












以上でこの連載は、完結いたしました。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

ちゃんとしたあとがきは、ちょっと長くなってしまったのでtextページのあとがきから飛んでくださいv